AI駆動開発が浸透するにつれ、開発現場のボトルネックは明確に「上流」へ移ってきています。本記事では、その中でも特に要件定義という領域にフォーカスし、AI時代における要件定義の現在地と、今後どこへ向かうべきかについて書いていきます。

AI駆動開発における僕の取り組み

2023年に生成AIが開発シーンに登場してから、約3年。AI駆動開発に正面から向き合ってきました。

その中で、僕が最も多くの時間を費やしたのが要件定義・設計という上流工程です。もともとSIerやコンサルティング会社に勤めていた経験から、プロジェクト管理と上流工程に携わる機会が多くありました。「まずはここをAIで根本から変えられないか」そういう問いからスタートしたのが原点です。

結果として、従来とは比べものにならないレベルの工数削減を実現し、上流工程における効率的なプロセスを構築することができました。

Xでの発信を始めてから約2年が経ちますが、一貫して要件定義・設計領域におけるAI化の具体的な取り組みを中心に発信してきました。当時から考えると、AI駆動での要件定義・設計に取り組む方はかなり増えた実感があります。

しかし、現場を見ていると、多くの場合で新たな課題が生まれていると感じています。AIに思考拡張を任せたり、そもそも考えきれていない部分をAIに代替させてしまうことで、逆に問題が深くなっているケースです。

実際の要件定義領域で何が起きているか

僕自身、現在もプロジェクトの現場に入り込んでAI駆動開発に取り組んでいます。日々、多くの方が作成した要件定義のアウトプットや資料に触れる機会があります。

最近では、ほとんどの方がAIを活用して壁打ちを行い、リストアップされた業務要件を提示してくるようになりました。一見するとアウトプットの質は上がっているように見えます。しかし、その多くは自分自身の考えが整理されないまま、AIに思考そのものを丸投げしている状態です。

実際、ヒアリングの中で「その要件はどういった背景から出てきたものですか?」と尋ねると、こんな回答が返ってくることが少なくありません。

「これはAIに書かせたものなので、そこまで細かくは考えていません」
「実際に進める段階になれば、もっと細かく考えます」

AIのおかげで作業は確かに速くなっています。しかし、ここで起きていることは「思考すること」の先送りです。どこで意思決定をするのか、何を作るのかという視点が、完全に抜け落ちています。

要件とは、最終的にコードに変換されるものです。その手前にある「なぜこの要件なのか」「ビジネスとしての優先順位は何か」という判断が曖昧なまま進めれば、下流で破綻するのは必然です。

実際のビジネスにおいて、この「思考の先送り」は、後から時間を巻き戻せないほどの致命的な問題を引き起こします。開発が高速化した今だからこそ、間違った方向に高速で進むリスクも同時に高まっているのです。

なぜFDE(Forward Deployed Engineer)が注目されるのか

こうした状況を踏まえると、なぜ今FDEという存在が注目されているのかが見えてきます。

FDE(Forward Deployed Engineer)とは、もともとパランティア・テクノロジーズで生まれた概念です。顧客の現場に深く入り込み、事業のドメイン知識を理解した上で、プロダクトを実際の業務に実装していく役割を指します。

一方で現在、多くの方がFDEと称しているものは、実際のビジネス現場の業務・ドメイン知識を持ち、AI駆動開発を駆使して、まるで「一人SIer」のようにシステム開発をすべて完結できる存在を指すことが多いようです。

なぜこのような人材が求められているのでしょうか。

それは、AIによって何かを表現したり、作りたいものをリストアップしたりすること自体は容易になった一方で、「ビジネスとして何が一番重要か」を判断できる人が足りていないからです。

コンサルティング会社がFDEという名称での採用やポジションを設けていることからもわかるように、従来コンサルタントが担ってきた「事業理解 × 課題定義」に、AI駆動開発のスキルが組み合わさった人材が求められています。

つまり、FDEに最終的に求められるのは、事業責任者や経営者の視点でAI駆動開発を使いこなせる存在です。技術を使えることがゴールではなく、技術を通じてビジネスの意思決定を正しく実装できることがゴールなのです。

AI要件定義の「本当の現在地」

ここまでの話を踏まえて、AI要件定義の現在地として最も重要なことを述べます。

それは、AI時代において、要件定義という工程そのものの意味が根本から変わりつつあるということです。

従来の要件定義は、ヒアリングした内容を整理し、ドキュメントにまとめ、関係者間で合意を取る——言わば「情報整理と文書化の工程」でした。しかし、AIがその整理・文書化を高速にこなせるようになった今、その部分に人間が時間をかける意味は急速に薄れています。

では、人間には何が残るのか。

「何を作るか」「どう進めるか」を決めることです。

顧客の業務を肌で感じ、市場の文脈を読み、事業として何が最も重要かを見抜く。その上で、限られたリソースの中で何を優先し、何を捨てるかを判断する。要件定義は、「整理する工程」から「決断する工程」へと変わりつつあります。

求められる能力の転換

この変化に伴って、要件定義に求められる能力も大きく変わってきています。

これまでは、ヒアリング力、文書作成力、業務フローの整理能力、いわば「聞いてまとめる力」が中心でした。もちろんこれらが不要になるわけではありません。しかし、AI時代の要件定義では、それに加えて以下のような能力が求められるようになっています。

  • 事業判断力——技術的に「できるかどうか」ではなく、ビジネスとして「やるべきかどうか」を判断できること。
  • 市場解像度——顧客の言葉の裏にある本質的な課題を見抜き、市場全体の文脈の中でその課題を位置づけられること。
  • 意思決定のスピード——AIが高速にアウトプットを出せる以上、それを「採用するか却下するか」を即座に判断できること。判断が遅ければ、AIの速度はまったく活きません。

AI要件定義での世の中への懸念

しかし、率直に言って、この変化に気づいている方はまだ少ないように感じています。

多くの現場では、依然として要件定義を「ドキュメントを作る工程」として捉えています。AIを使うことで、そのドキュメントの生成速度が上がった。だから効率化できた。そう考えている方が大半ではないでしょうか。

しかし、実際に訪れるのは工程の効率化ではなく、工程の定義の転換です。

この認識のズレが放置されたまま進めば、要件定義の品質は表面的には上がっているように見えて、実質的には下がり続けるという逆転現象が起きます。AIが作った綺麗なドキュメントの裏に、誰の意思決定もない。誰も「なぜこの要件なのか」を説明できない。そういう要件定義が、今後さらに増えていくのではないかと危惧しています。

そして、その影響が表面化するのは、プロジェクトの終盤。もう引き返せない段階です。ではどうすべきか。この問題に対する僕の答えは明確です。

要件定義は「五感をフル活用する」ことです。

「何を作るか」を、自分事レベルで理解できているか。顧客の業務を実際に見たことがあるか。エンドユーザーがどんな表情でそのシステムを使っているか、想像できるか。競合がどう動いていて、市場がどこに向かっているか、肌感覚で語れるか。

AIは優れた壁打ち相手であり、思考の拡張ツールであることは間違いありません。しかし、「何を作るべきか」という問いに対する答えは、現場に入り、顧客の業務を肌で感じ、事業の文脈を深く理解した上でしか出てきません。

AIを使って要件をリストアップすることが要件定義ではありません。ビジネスの最重要課題を見抜き、それをシステムとして正しく定義する、その工程こそが、これからの要件定義です。

過去の勉強会で利用したスライド
過去の勉強会で利用したスライド

ドキュメントはAIが書けます。整理もAIができます。だからこそ、人間は「決める」ことに全力を注ぐべきです。そして「決める」ためには、現場に出て、五感で情報を取りに行くしかありません。

今後、AI要件定義はどこへ向かうべきか

ピーター・ティールは著書『Zero to One』の中で、進歩には2種類あると述べています。

ひとつは水平的進歩(Horizontal / 1→n)。うまくいっているものをコピーし、拡張していくことです。もうひとつは垂直的進歩(Vertical / 0→1)。まったく新しいものを生み出すことです。

今、Xや技術動向を見ていると、AI要件定義の領域でも水平的進歩、つまり「今やっていることをどうAIに置き換えるか」というアプローチを取っている方がかなり多い印象です。既存のプロセスをそのままAIで効率化する方向です。

象徴的なのが、「どのツールをどう使うか」という議論に終始しているケースです。Claude Codeでどうやるのか、CursorとDevinをどう組み合わせるのか、プロンプトをどう設計するのか。こうした「道具論」は確かに実務上の関心事ではあります。しかし、それはタイプライターを1台から100台に増やす話であって、ワードプロセッサを発明する話ではありません。

FDEの文脈でお伝えした通り、今本当に求められているのは垂直的進歩です。どれだけ市場解像度を高め、それをシステムにスピーディーに落とし込めるか。その次元の話です。

これはAIで壁打ちしても得られることはありません。正しい未来予測と現場感に裏打ちされます。

AI要件定義が今後向かうべきは、ツールの使い方ではなく、市場と事業の解像度を上げること。そして、その解像度をシステムとして高速に実装することです。

「作る前」の判断こそが、AI時代のエンジニアの最大の価値になります。その判断力を磨き続けたい方の次の場所として、GEAR.baseをぜひ覗いてみてください。